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長井村塾とは いったいなんなの?

わたくし事業部長が、以前、東京でサラリーマンとして働いて
いるとき、父である塾長はなんの前ぶれも無く家業であった
花屋の社長を私の兄に交代し、それまでのかかわりを
断ち切って、2000年の4月に長井村塾という施設を
個人で作ってしまいました。
いったい山形で何を企てているんだろうと思いながらも東京で
働いていると、こんどは塾長から「山形で手伝ってみないか?」
と誘われてしまいました。いったい何を考えているんだろう?
そもそも長井村塾ってなんなの?
塾長から簡潔に説明をしてもらいましたが、
当時の私にはちんぷんかんぷんでした。
ただ、そこでわかったことは、
民間主導のちづくり機構を個人て立ち上げたんだなということ、
自分の意識を変えることによって周りの意識を変え、
それによって住みよいまちづくりを
しようとしているんだなということでした。
それから二年後、私は会社を辞めて、長井に帰ってきました。

長井村塾は 物売り?

村塾内に入ると・・・
地元の野菜や工芸品、お土産、豆腐やみそ、納豆、豆乳なんかも置いてます。
品揃えが意外と豊富な八百屋さんにも見間違えるぐらいで、たんなる物売り?
と思ってしまいます。
塾長に聞いたところ・・・
自分の理念をお伝えする場として、まちづくりの拠点として、また、まちの交流空間、
民間主導のまちづくり機構としてその拠点と位置づけたこの施設には自由に使える
会議室やギャラリー、喫茶コーナーを設置し、みんなが自由にに使えるように開放。
それだけでなく、まちの特産品を紹介できる仕組み創りと、活動経費をまかなう仕組み
創りとして地場産の工芸品、食品直売コーナーを設けていたそうです。

・・・てんこ盛りの施設だなと思いました。

塾長いわく

「まちづくりは短期間でできるものではない。いままでのまちづくりは行政にすべて任せきりで、
市民は活動に責任をもたず、また、行政は枠の中と予算の範囲、年度の単位でしか事業を
できなかった。そのため大半のまちづくり活動は年度の単位で破綻していた。
これからは民間が主導をとり責任をもって継続的なまちづくりを行っていかなければならない。
また、活動経費も行政ばかりをあてにしていては、自立できない仕組みの型にはまり、
これも単年度で破綻する原因。活動経費は自分達で責任を持って生み出して、
自立運営をしていかなければならない。そのために、販売行為等を行い、施設の維持経費を
まかなっていかなければならない。
この仕組みは、今の行政や市民に向けた発想の転換を促す意味もあり、またその活動により
地元への意識改革になり、経済効果や住みよいまちの創造にもつながる。」

・・・なるほどな


長井村塾は 宗教?

子供が遊びに来ると、お父さん、お母さん、友達を大事にしないといけないとか、
野菜や果物、お母さんが作ったごはんは、すべて両親の愛情と自然からの贈り物
だから、残さず食べて、お父さんとお母さんと自然に感謝しないと
だめだよとか。
物を大事にしようとか・・・。
物事の道理、自然の摂理、その中の人間、生かされている自分・・・
というものを切々と語る塾長を見ていると、
ここって宗教?
と見えなくも無いような・・・。
・・・違うけれども、そう説明したほうが理解しやすそう(!?)


理念は 意識改革 3R

私が長井村塾に来て半年、ほんの少し見えました村塾(塾長)が。
50歳までの塾長は花屋で利益追求のビジネス人生。
これからの人生はいままでお世話になったみんなに尽くす人生。
「長井村塾」は塾長の理念につけた名前。
名前の由来は「松下村塾」。
・・・はずかしながら、教養の無い私(事業部長)は「松下村塾」を知りませんでした。
塾長いわく
「私(長井村塾)の役割として吉田松陰ではなく、佐久間象山を目指している。
真のまちづくりは、そこに住む、あるいは関わる方々(自分も含め)の意識が
まず先に変わらなければ成功しない。
物事の道理、自然の摂理、その中の人間、生かされている自分・・・・。
そのことを理解し、それらに反しない自分創りをまず目指したい。
そうすれば、おのずと家族破壊、環境破壊、ごみ問題、地域低迷、過疎、景気悪化など
は解決に向かう。戦後50年かけて今の日本に変わったのだから、
住みよいまち創りは、この先50年かけておこなうことになるだろう。
その活動を担う次の世代が育てば、長井村塾の役目は終わりである。
いまはその下準備。若い世代を育てることと、市民と行政の意識改革を行い、
若者が少しでも活動しやすい環境を築いていくことがまず目標。」

・・・こんなことHPに書いていいのかな。(勝手に公表しました)

長井村塾は NonProfitOrganizationライク
民間による まちづくり機構
(頂いたお話)

塾長はいろんな方から、長井村塾はまさにNPOにほかならないからNPOになったらどうか
との御声を頂いています。しかし、塾長は
「まだその段階にたっしていないので、これからもがんばります」
といいます。


塾長はいいます。「NPOの法人格を取っても、自分達の施設運営にかかる経費を
自分達が自身で生みだす仕組みが無ければNPOになっても破綻する。現在の
長井村塾はまだその段階に無い。」

そう、いままでの法人格は利益を生みだす行為はできなかったため、行政の支援に
強く依存してしまい行政の年度単位の支援では、問題があったのである。
そこで考えられたのがNPOだったのです。NPOは法人格を持ちながら、利益を生みだす
販売行為などを行ってもよいというコンセプトの団体なのです。
自分達の経費は自分達で稼いで団体を運営する法人なのです。
(NPOについては大学教授の中でも「稼いではいけない」と勘違いしている人がいるそうです。)

・・・たしかに今の状況、
私と塾長の給料は村塾からはでませんね。家族経営だからなんとか持ってます(笑)
(ほんとにいいのかな、こんなこと書いて?)


困っている人を ほっておけない 塾長

開業してまもなく・・・
長井村塾のうわさを聞いた方々が、塾長にいろんな相談をしに訪問してくれたそうです。
特に農家の方の、無農薬の野菜を作ったが売れない、売る場所がない・・・
との死活問題の相談が強かったため、販売スペースに野菜コーナーを新設し、
その場所を自由に使って、野菜を置いて見ないかと提案したのが売り場拡大のきっかけでした。
その仕組みは、農家の方は朝摘みの野菜を村塾に持ってきて、自分で値段をつける。
販売は塾長が農家の方に代わって行い、月締めで売り上げを農家の方へというものです。
野菜の販売当初は、買いに来た市民のほとんどが「曲がってる!」
「葉に穴が開いてる!」「虫がいる!」「なんでこんなもの売ってるの!」・・・と、なかなか
受け入れてもらえなかったそうです。
塾長はすこしでも市民の方に安全な野菜を浸透させたいことと、
農家の方の努力、自然の恵の野菜が無駄にならないように、
市民の方に無農薬野菜の特徴、安全性などを訴え続けたそうです。
私が山形に来るころに、ようやく市民の方々に無農薬野菜が浸透し、農家の方の売り上げも
伸び始め、参加する農家の方も増えていって、村塾の野菜コーナーは今の広さまで拡大して
いったとのことでした。また、深刻だったのが転作として無農薬大豆を創った農家の方です。
作った大豆には思うような値段がつかず、借金と在庫を抱えていたそうです。
農家の方は自前で豆腐を作っての販売も手がけましたがうまくいかず、困り果てていたそうです。
その相談を受けた塾長は、一俵いくらなら採算が合うのか聞いたところ、
当時の市場価格の3倍でした。
塾長はまず、その値段は考えず、地元の豆腐業者に豆腐を作って
くれないかと相談したそうです。答えはNO、お願いした業者すべてがNOでした。
市場価格の3倍の原材料では採算が合わないということでした。
そこで、塾長が考えたのが、
材料はすべて自分が買って、加工賃も自分がもつ。パッケージも自前で起こす。
自腹なのだから、豆腐業者は地元で一番の清水が入り、腕利きの職人がいるところに依頼。

腹くくったな・・・と思いました。

改めてその選んだ業者に依頼したところ、ようやくOKが出ました。
塾長はその業者にもう一つお願いしました。
「職人として今一番作ってみたい豆腐を作ってもらえないか?」
そうして登場した、村塾の豆腐は、おかげさまで順調に売れ始めたそうです。
その後も、豆腐と同じように、納豆、豆乳、ムース、クッキー、サブレ、大福・・・と、
アイデアマンの塾長はその農作物を何とかしようと、次々と自腹で商品開発を行ってきました。
農家は無農薬の作物を作り、塾長がアイデアと開発生産資金をだす。業者が職人魂で商品化。
まさに、農家、塾長、業者が一体となった、地元長井が世界に誇れる、オリジナル商品です。
困っている人を何とかしたい・・・。
それが塾長です。
・・・この行動は「箱物」行政に対しても一石を投じている事業だなと思いました。
(村塾(塾長)は形を変えた支援組織みたいにも見えるような・・・)

塾長は ばかまじめ

私が思うに塾長ははっきり行って「ばかまじめ」すぎます。
でも、だからみんなに信用されています。
・・・そのため、極一部には個人のために悪用している人もいますが。
さまざまな波にもまれながら長井村塾はこれまでやってきました。
理不尽な問題が起こり、私が文句を言いに行こうとすると、
いつも笑ってこう言います。
「いいことも、そうでないことも受け止めよう」
私は、いつもその一言でなだめられます。
・・・その寛大さは見習わなければならないと思いました。

住みよいまちへの きっかけ 創り

長井村塾は、すべてにおいて中立にしたこの施設をまちづくりの拠点として
提供することにより、いろいろな方から利用して頂くこと、
また、まちづくりにやる気のある方々に活用していただければと思っています。
地区を問わず、業種を問わず、純粋にまちのために行動をする方々(自分も含め)と
共に活動し、またその後押しができればと願っております。

・・・で、本題の長井村塾とは いったいなんなの?

ん・・・
なんでしょうね?(笑)
長井村塾 事業部長 横山 直幸(2番目の息子)
http://www.jan.ne.jp/~sonjyuku/